無住心剣流・針ヶ谷夕雲

自分の剣術に疑問を持った針ヶ谷夕雲は山奥の岩屋に籠もって厳しい修行に励み、ついに剣禅一致の境地に達します。

戦時中の流行歌

suwiun

昭和12年7月、日中戦争が始まって、その年の9月、「露営の歌」が大ヒットします。「勝って来るぞと勇ましく~」という歌です。

翌年の13年2月に「愛国行進曲」が大ヒット、4月には「日の丸行進曲」がヒットします。「露営の歌」も「愛国行進曲」も「日の丸行進曲」も一般から歌詞を募集して、作曲家が曲を付けました。「愛国行進曲」は学校の行進の時にも歌われて、終戦になるまで国民に愛されます。

昭和13年には、渡辺はま子の「愛国の花」、淡谷のり子の「雨のブルース」、楠木繁男の「人生劇場」、東海林太郎の「麦と兵隊」、映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」も大ヒットしました。

14年には、A面に「父よあなたは強かった」、B面に「兵隊さんよありがとう」が入ったレコードが40万枚売れます。共に一般から募集した歌です。陸軍省選定の「愛馬進軍歌」、海軍省選定の「太平洋行進曲」もヒットしました。

ディック・ミネの「旅姿三人男」、渡辺はま子の「何日君再来(ホーリー・チン・ツァイライ)」、東海林太郎の「名月赤城山」、田端義夫の「大利根月夜」、高峰三枝子と霧島昇の「純情二重奏」がヒットしたのも昭和14年です。

15年には、「空の勇士」、「紀元二千六百年」、「隣組」、「月月火水木金金」、霧島昇の「誰か故郷を想わざる」、高峰三枝子の「湖畔の宿」、伊藤久男の「暁に祈る」、渡辺はま子の「蘇州夜曲」、灰田勝彦の「煌く星座」がヒットします。「湖畔の宿」は女々しくて弱弱しすぎて時勢に合わないと発売中止になりますが、大陸に行った兵隊たちは故郷を想いながら隠れて歌っていたようです。

16年には、「めんこい仔馬」、「歩くうた」、「海の進軍」、田端義夫の「梅と兵隊」がヒットします。この年の12月、真珠湾攻撃があって、日米開戦となります。

17年には、「空の神兵」、灰田勝彦の「新雪」、小畑実の「婦系図(オンナケイズ)の歌」がヒット、18年には、小畑実の「勘太郎月夜唄」、灰田勝彦の「加藤隼戦闘隊」と「ラバウル海軍航空隊」、霧島昇の「若鷲の歌」がヒットします。

19年には、「勝利の日まで」、「轟沈」、「ああ紅の血は燃ゆる」、そして、終戦の年、昭和20年にヒットしたのは、「お山の杉の子」でした。




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