無住心剣流・針ヶ谷夕雲

自分の剣術に疑問を持った針ヶ谷夕雲は山奥の岩屋に籠もって厳しい修行に励み、ついに剣禅一致の境地に達します。

地獄絵でも見ているような浅間山の噴火

suwiun

天明三年浅間大焼 鎌原村大変日記 21.六月二十八日」より地獄絵でも見ているような浅間山の噴火


 ようやく、ウトウトしだした頃だった。雷が落ちたような物凄い音がして、寝ていた体が飛び上がる程の大揺れが起きた。

 市太は慌てて隣の部屋に声を掛けた。

「おい、大丈夫か」

「兄ちゃん、怖いよう」

「早く、外に出るんだ」

 市太は妹のおさやおくらを両脇に抱えて外へと向かった。小揺れが始まった時、明かりはすべて消したので、家の中は真っ暗だ。囲炉裏の辺りから兄、庄蔵が叫んだ。

「早く、外に出ろ。市太、爺さんを頼むぞ」

 市太は二人の妹を中庭に出すと、すぐに離れにいる市左衛門の所に行った。声を掛けると、すでに市左衛門は縁側から外に出ていた。祖父を連れて中庭に戻ると皆、集まっている。廐(うまや)の馬が脅(おび)えて騒いでいた。叔父の弥左衛門が甥の五郎八を連れてに向かった。

「おめえたちは村を回って、火の用心を確かめて来い」

 父親に言われて、市太と庄蔵は表通りへ飛び出した。

 真っ暗の中、人々があちこちでざわめいている。馬のいななき野良犬の鳴き声がやかましい。市太はおろくの事が心配になって来た。寝たきりの母親盲目(もうもく)の兄アホの三治を抱えて、無事に家から出られただろうか。俺はこっちに行くと言って、さっさとおろくの家に向かった。

 浅間山はゴーゴー唸り、大地の揺れは続いている。まるで、酔っ払っているかのように足元がおぼつかない。おまけに空から砂が降って来た

「火の用心、火の用心」と叫びながら、市太はおろくの家に走った。惣八に声を掛けられ、惣八にも見回りを頼んだ。

「わかった」と言うと惣八は市太と反対の方に走って行った。

 おまんの家に行くつもりかと思ったが、他人の事まで構ってはいられない。おろくの家の前には誰もいなかった。

「おろく、大丈夫か」と叫びながら、市太は家の中に入って行く。暗くて、何も見えない。馬が騒いでいるだけで、声を掛けても返事はなかった。

「おい、若旦那か」と声を掛けられ、入り口の方を見ると男が立っている。

「誰だ」

「俺だ。半兵衛だ。みんな、裏庭の方にいる」

「おっ母も大丈夫なのか」

「ああ。俺がおぶって連れ出した」

「そうか。よかった」

 裏庭に行くと寝かされた母親の回りに皆が座り込んでいた。

「みんな、大丈夫か」と市太が聞くと、「ええ、大丈夫」とおろくは言った。

 脅えているのか、その声はやけに沈んでいる。誰もいなかったら、抱き締めてやりたいがそうもいかない。

「そうか、よかった」市太は一人うなづくと、「半兵衛、みんなを頼む。俺は一回りしてくらア」と通りの方に出た。

火の用心、火の用心、みんな、大丈夫かア」とあちこちで叫んでいる。

 若衆組の者たちが見回りをしているようだ。市太も走り出した。浅間山の方を見上げると時折、雷のように光を放っている。その光によって、真っ黒な煙がモクモクと立ち昇っているのが見えた。まるで、地獄絵でも見ているような、何とも恐ろしい光景だった。このまま、この世が終わってしまうのではと思わせる不気味な眺めだった。




天明三年浅間大焼 鎌原村大変日記
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