無住心剣流・針ヶ谷夕雲

自分の剣術に疑問を持った針ヶ谷夕雲は山奥の岩屋に籠もって厳しい修行に励み、ついに剣禅一致の境地に達します。

藤吉の蛤売り

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藤吉郎伝―若き日の豊臣秀吉 3.蛤」より藤吉の蛤売り


お寺を飛び出した藤吉(後の豊臣秀吉)は祖父のいる清須城下で、手に職を付けようと様々な職業を経験しますが、どれも長続きしません。祖父に連れられて津島に行き、叔父の塩屋に奉公しますが、そこも飛び出して、蛤売りになります。


 藤吉十四歳になり、多少、色気づいて、人並みに女に興味を持ち始めていた。

 自分ではもう一人前の男だと思っていても、はた目から見れば、身なりの小さい藤吉は十歳位の子供にしか見えなかった。花街の女たちも、藤吉を子供だと思って気を許して、からかって遊んでいるだけなのだが、藤吉は毎日、花街に行くのを楽しみにしていた。

「あら、また、お猿さんが蛤を売りに来たわ」と、ここでも猿呼ばわりだった。でも、藤吉は怒らなかった。猿と呼ばれると、わざと猿の真似をしてお道化て見せ、女たちを喜ばせていた。

「今日は大きな蛤が入りました。うまいですよ。みんなで召し上がって下さい」

「お猿さん、あたしの蛤もおいしいのよ。召し上がる?」とツバメ姉さんが笑いながら言った。

「お姉さんも蛤を売ってるんですか」と藤吉は不思議そうに聞いた。

「そうよ」とツバメ姉さんは身をくねらせた。

「まあ、大きな蛤だこと」とヒバリ姉さんが顔を出した。「でも、スズメちゃんには負けるわね」

「お姉さん、ひどいわ。あたしのそんなにも大きくないわよ」とスズメ姉さんは口をとがらせた。

「いいえ。あたし、知ってるのよ。スズメちゃんのは大きいって評判よ」

 女たちはキャーキャー騒ぎながらを手に取って、あたしの蛤より大きいだの小さいだの言っていた。藤吉には何の事かわからず、きょとんとして話を聞いていた。

「そうだわ。お猿さんに比べてもらいましょうよ」とヒバリ姉さんが言った。

「そうよ。それがいいわ」とツバメ姉さんが賛成した。

「やだわ、お姉さん、そんなの見せられないわ」スズメ姉さんは反対したが、

「相手はまだ子供よ。ほら、この子ったら、何もわからないのよ」とツバメ姉さんが言うと、スズメ姉さんは藤吉の顔を見つめ、「そうね、いいわ」とうなづいた。「絶対に、あたしの方が小さいんだから」

 スズメ姉さん大きな蛤を手に取ると藤吉に手渡し、着物の裾をまくり上げると、藤吉の目の前で股座(またぐら)を広げて見せた。

「さあ、あたしのとその蛤どっちが大きい」

 藤吉はスズメ姉さんの行動に驚いたが、初めて見る女の股座にじっと見入った。姉さんたちが言うように、それは確かに少し口を開いた蛤に似ていた。こんな物が女の股座に隠れていたのかと藤吉は不思議に思った。姉や母の裸は見た事あっても、までは見た事はない。それに、大工の善八のおかみさんの裸も毎日、見ていたがには気がつかなかった。

「さあ、どっちなのよ。あたしの方が小さいでしょ」

 藤吉は手に持った蛤とスズメ姉さんの蛤を比べて見た。スズメ姉さんの方が大きいと思ったが、スズメ姉さんが睨んでいるので、「小さいです」と答えた。

「ほらね」とスズメ姉さんは満足そうに笑って、着物を降ろした。

 目の前にあった蛤は白昼夢だったかのように消えてしまった。もう少し見たかったと思っていると、今度は、ツバメ姉さんが着物をまくって、藤吉にを見せた。

「ほら、あたしの蛤、おいしそうでしょ」とツバメ姉さんは指で自分のを摘まんで見せた。ツバメ姉さんの蛤は生きがいいのか、濡れて光っていた。

「なに言ってんのよ。あたしの方が新鮮なのよ」と次々に女たちは着物をまくって見せた。

 藤吉は目が眩むかと思うほど、頭に血が上って呆然となった。目を丸くして、ぼうっとしている藤吉を眺め、女たちはキャーキャー笑いながら、家の中に引っ込んで行った。

 姉さんたちの蛤を頭にちらつかせながら、藤吉は蛤を売るのも忘れて、新助の家に帰った。

「売れ残ったのかい。しょうがないねえ」とおかみさんは残った蛤を焼いてくれたが、どうしても食べる事ができなかった。




藤吉郎伝 若き日の豊臣秀吉
藤吉郎伝 若き日の豊臣秀吉

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