無住心剣流・針ヶ谷夕雲

自分の剣術に疑問を持った針ヶ谷夕雲は山奥の岩屋に籠もって厳しい修行に励み、ついに剣禅一致の境地に達します。

北条氏康

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北条氏康早雲の孫で、氏綱の長男です。幼名は伊豆千代丸といい、永正12年(1515年)、小田原城で生まれます。

氏康が生まれた時はまだ伊勢氏を名乗っていて、祖父の早雲は84歳でしたが健在でした。氏康が生まれた翌年、早雲は三浦道寸の籠もる新井城を落として、相模の国を平定します。

氏康が5歳の時に、祖父は大往生を遂げます。氏康の記憶の中に祖父の面影が残っていたかはわかりませんが、周りの家臣たちから祖父の活躍話は何度も聞いて、自分も祖父のようになりたいと思った事でしょう。

10歳の時、父氏綱は扇谷上杉氏江戸城を攻め落として、武蔵の国へと進出して行きます。そして、伊勢姓北条姓に改めます。

15歳の時に元服して、父親と同じように祖父の名、新九郎を継ぎ、北条新九郎氏康を名乗ります。

20歳の時、今川氏親の娘を嫁に貰います。父親の氏綱今川氏親はいとこ同士なので、はとこ同士の結婚でした。美人だった北川殿の孫なので、美しい娘だったに違いありません。

氏康と新妻は仲睦まじく、翌年には長男が生まれます。ところが、結婚してから三年後、今川家は長年、敵対していた甲斐の武田家同盟を結んでしまいます。氏綱は今川家と断交しますが、氏康の妻は実家に戻る事なく、北条家に留まって、次男の氏政、三男の氏照、四男の氏邦、五男の氏規と後に活躍する子供たちを産みます。

氏康が27歳の時、氏綱は亡くなってしまいました。早過ぎる父親の死でしたが、氏康は立派に三代目を継いで、北条領国を広げて行きます。そして、関東の地を舞台に、甲斐の武田信玄、越後の上杉謙信との三つ巴の戦国絵巻が演じられる事になります。




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戦国草津温泉記 湯本三郎右衛門
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北条氏康 (中世関東武士の研究23)
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戎光祥出版
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